中岡君のおかあさんからしんくんへのラブレター

専用ページ:中岡おかあさん       川戸ゆうこ       中岡由美子

皆様、生前は真一が大変お世話になり、ありがとうございました。
真一が亡くなって、早や一年が経とうとしています。真一のことは、時が過ぎれば徐々に忘れていくだろうと思っていましたが、会いたくてますます愛しさは募るばかりです。

今でもほんの些細な事ですが、スーパーへ買い物に行くと真一が好きだった食べ物に目がとまり、ついあれこれ買ってしまいます。もう年で食が細くなった私は、一人だと全然減らずに捨ててしまうことが時々あります。
私のミニバイクにガソリンを入れる時、係りの男の子の年は真一と同じぐらいかなあ、とつい考えてしまいます(たぶん真一よりも若いと思うけれど。)真一が病気で失業中の時、何でもいいから働いてほしかったので「ガソリンスタンドのアルバイトでもしてみたら?」と勧めたりもしました。真一が元気だった頃、真一のオートバイの後部座席に乗って二人で兄宅や買物に行った時、真一が「しっかりつかまっときや!」といって遊び半分で急にクネクネ曲がったので、「キャー!こわい。やめてー!」といいながらもスリルがあってとても楽しかったこと、台所の床や障子のサンを拭いていると、真一が古くなってはがれてきた床や障子を張りかえてくれた事など、1コマ1コマが懐かしく思い出され、つい涙ぐんでしまいます。

真一が「あの素晴らしい愛をもう一度」をギターで弾いていた時、「お母さん、歌ってや。」と言うので歌って一緒に練習したこと。あまり気の進まない真一をカラオケボックスに誘ったら、真一は大声で何曲か歌ってさっさと先に帰ってしまったこと。
私が作ったお弁当を会社に持って行っていたけれど、煮汁がこぼれていて叱られたこと。真一が自転車で一人旅に行った時、雪が降って寒かったためにせっかく作った弁当がカチカチに凍ってしまって食べられなかったと言われたこと。裕子ちゃんという素晴しい彼女ができてからは、意見の相違でケンカをしたこともあるようだけど、癌が発覚してからは二人の愛は一層深まったようで「裕子ちゃん、本当にかわいいわぁ~。」と度々言っていたことなどが走馬灯のように次々思い出されて、胸が熱くなります。

家ではパソコンばかりして無口な息子で、私とはあまり会話はなかったけれど、真一が録画した末期癌のテレビ番組を泣きたいのをこらえて一緒に見たこと、私が仕事で悩んでいた時は辛くてよく愚痴りましたが、黙って聞いてくれ陰でいつも支えて応援してくれていたので、聞いてもらうだけでも元気づけられ「真くん、ありがとう。」と心の中で言っていました。
真一とは「別に一緒に暮さなくてもいい、時々元気な姿を見せてくれたらそれで充分。」と思っていました。私のささやかな楽しみは、真一が大好きな裕子ちゃんと結婚し、子供ができたら時々孫の子守りをし、孫が3才位になったら私が今行っている堺イトマンスイミングスクールに時々連れて行って応援できたら幸せだなぁ、と思っていました。真一も由美子も堺イトマンスイミングスクールの卒業生で1級を合格し、特待生になってから辞めました。

もう何もかも幻想に終わってしまったけれど、真一は本当に最期まで精一杯生きてくれました。身も心もズタズタになり、さぞかし辛いことが多かっただろうに。「やりたいことが山ほどあるのでまだ死にたくない!」と言っていましたが最後まで希望を捨てず、辛いことはぐっとこらえてあまり愚痴らず本当によく頑張ってくれ、立派で素晴らしい息子だったと思います。
由美子は、「もし私が弟の状態だったら、泣きわめいて何もかも投げやりになって、気がおかしくなっていたかもしれない。弟は本当に強かった。」と言っています。強く明るく、希望を失わずに生きられたのは、きっと皆様方の支えがあったからでしょう。裕子ちゃんは、真一のために最後まで本当によく尽くしてくれて、頭の下がる思いがしました。裕子ちゃん、本当にありがとう!裕子ちゃんや皆様方のお陰で真一は幸せな人生が送れたと思います。

私は、真一のことで今でも心残りなことがひとつあります。それは、真一がこよなく愛した自転車の練習をしている姿や、みんなと一緒に走っている姿を一度も見たことがなかったことです。こんなに早く亡くなるのだったら最後までもっとそばにいて愛情をいっぱい注いで、もっともっと真一のことを心に書き留めておけばよかった、と悔まれてなりません。でもいくら悔んでみてもどうしようもないことです。私の心の中でいつも生きている真一からのメッセージ・・・「お母さん、あんま無理しやんとがんばりや!応援してるで!!」という声援を受けながら一日一日を大切に、人に迷惑をかけないように元気で長生きし、真一が残してくれた大切な我が家を守っていきたいと思っています。そしてもしできれば私が死んでも由美子がこの家を守ってくれて、真一や私の供養をしてくれたら幸せに思います。
真一との思い出を書き出したらキリがないので、この辺でペンを置きます。この文章を読んでくださった皆様がいつも元気で幸せでありますことを、心から祈っております。

追伸:真一がとてもかわいがっていた愛犬ロッキー(雑種白色・雄・13才)が昨年の11月7日に急死して、ショックで寂しかったけれど、昨年の12月14日に堺動物愛護センターへ行って、フレンチブルドッグ(白色・メス・6才)をもらってきました。名前は、京都のお坊さんが昨年一年間のことを一言でいうと「新」で、真一の「シン」と同じ発音なので、「新新(にいにい)」と名づけました。とてもかわいくて、心が癒されます。フレンチブルドッグの平均寿命は10年ぐらいだそうですが、もっと長生きしてほしいです。

平成22年3月1日   中岡真一の母より 真一が愛した皆様方へ